いろんなことをやったけど、歩くだけになったの

ドキュメンタリー映画 監督=崟(たかし)利子『ゆっくり
            あるく 川村浪子、84際のダンス』

 監督:崟利子 
出演:川村浪子

2026613日(土)~
ポレポレ東中野ほか全国順次公開

◎監督:崟利子(『じぶん、まる! いっぽのはなし』)
◎撮影:崟利子 ◎プロデューサー:高橋章代、崟利子 
◎編集:録音:崟利子 
◎整音:ウエヤマトモコ 
◎制作進行:加藤初代、若井真木子
◎製作:HERE & THERE ◎配給:アカリノ映画舎
2022年/日本/91分/カラー ©HERE&THERE

イントロダクション

川村浪子、84歳
なぜわたしは踊り、歩き続けるのか

あらゆるものを削ぎ落とし、ただただ、裸体で歩くこと

数多くのパフォーマーを捉えてきた、
鬼才・崟利子が魂を込めて描き出す

幼少期からダンスに親しみ、1970年代以降、自然の中での知覚体験や歩行を通じて独自の表現を探求してきた川村は、やがて裸体で歩くという「ゆっくりあるく」という行為にたどり着いた。その表現は、舞踊であると同時に生き方そのものでもあった。

表現者として絶頂期を迎えた後、数年活動を休止していた川村は、2016年股関節手術のリハビリを経て活動を再開した。齢を重ね老いた肉体を表出することで「より自由になったのよ」と私たちに伝えてくれている。そして「いまそのままの自分を見てほしい」と静かに語る。

監督の崟利子は、黒沢美香、川口隆夫、上野雄次など世界的にも著名なパフォーマーと映像作品を作ってきた。かねてより川村浪子の映画を作りたいと考えており、2021年秋、川村が以前から訪れたいと願っていた沖縄の地を共に巡る。今帰仁村の海岸で行われた川村のパフォーマンスとインタビューを通して、戦争の記憶と土地の時間に触れながら踊り続けてきた表現者の姿――舞踊に人生を捧げてきた一人の女性のあゆみを見つめた。

川村浪子
プロフィール

川村浪子かわむら・なみこ

1938年、東京生まれ。
7歳まで中国・上海で育つ。東京学芸大学卒業。 江口隆哉、宮操子、旗野恵美、邦正美に師事し、数々の舞踊公演に出演。

1974年から1977年にかけて、自身の「舞踊」を見出すため、九十九里浜にて自然の中での知覚体験を行う。その後、知覚歩行を経て、1982年から1986年までアンナ・ハルプリンがカリフォルニアで開催していたサマーワークショップに参加。「からだ」と「知覚」による表現の可能性を確信し、帰国後、裸体歩行による表現を「ニューパフォーマンス」と名付けて実践する。

1986年6月、八王子市醍醐で行われた行為は、舞踊評論家・合田成男により「この十年余の孤独な道程が静かな肉体の迫力として語りかけてきた。(中略)いま、舞踊の一番深いところに到達した」と評され、オン・ステージ新聞に掲載された。

同年、10年間で100回以上自然の中で行ってきたパフォーマンスから一度距離を取り、新たな舞踊を求める公演「舞踊、人生は懶(ラン)」を、東京日仏学院ホールで開催されたイベント『肉体の死と再生』の中で上演。以後、この裸体舞踊を「ひとり踊り」と名付け、世田谷区立美術館、横浜市大倉山記念館、池袋西武スタジオ200、京都大学西部講堂、東京都美術館などで発表。美術、音楽など他ジャンルのアーティストとのコラボレーションも数多く行う。

2011年から股関節手術のため活動を中断し、引退も考えるが、2014年に偶然参加したコーラス・サークルで歌うことを通じて自身の踊りを再発見。2016年に、阿佐ヶ谷アートストリートでの「ゆっくり あるく」復帰公演後は、「ひとり踊り」と名付けた活動を精力的に行い、2025年には、“戦後80年に寄せて「あるく」~さとうきび畑の風音とともに~”を開催。87歳となった現在も公演を続けている。

監督プロフィール

崟 利子たかし・としこ

大阪生まれ。福田克彦監督の助監督、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(1992、93)のディレクター等を経て、『オードI 』『西天下茶屋・おおいし荘』を制作(1998、山形国際ドキュメンタリー映画祭1999)。『Blessed ─祝福─ 』(2001、山形国際ドキュメンタリー映画祭2001)は、ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞受賞。2005 年より東京茅場町のギャラリーマキにて新作発表上映会「季刊タカシ」、2009年から神戸映画資料館で「タカシ時間」を開催。 近作に、『Wave 踊る人』(2016、恵比寿映像祭 2017)『BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW Omnibus2011/2016/2021』(2021、山形国際ドキュメンタリー映画祭 2021)、『ゆっくりあるく』(2022)、『じぶんまる! いっぽのはなし』(2023)、8mm オムニバス『クロベニグンジョウシロレモン』(2024、恵比寿映像祭2024)がある。

コメント

  • 映像の記録性を追求する究極のスローシネマがここにある。効果効率とスピードを追求する近代を象徴するモンタージュを拒否する崟利子は徹底して時間に向き合う。今帰仁村の海で川村浪子という愛おしい年老いた女のからだとこころが波とシンクし、自然に還る姿を収めるカメラの息づかいが聞こえるようだ。

    斉籐綾子 (映画研究者)

  • 川村浪子さんの「歩く」という行為をずっと見ていると、川村さんが歩いている場所の空気がこちらに流れ込んでくる。
    巨石のようでいて、薄布のような風通し。重力のなか、生命の流路。
    「やっぱり現代に生きてるから。今生きていることだから。生き方なんですよね」とおっしゃる言葉に、敬意を抱く。

    小田香 (映画作家)

  • 静かな祈りのような踊りは、緩やかな空気に満ちている。
    あるがままの身体は自然と一体になり、光や風、時間はその身体を媒介として鑑賞者へと受け渡されていく。
    川村さんの踊りは、観る者の感覚をゆっくりとひらいていく。

    長尾悠美 (Sister 代表)

  • 波の音 波の音・・・
    に 混じる鳥の声
    波のオト 波ノオト ナミノオト
    海と空が 混じり合って 轟になる

    足の裏が触れる砂粒の
    一粒一粒の肌理に
    川村さんのからだが感応する
    見ている私の内側が反応する

    それは 二足歩行
    大気に触れる手 泳ぐ
    人間が あるく
    「あるくだけ」の饒舌さ
    意味の世界 と 
    からだの知覚 を 往還する
    感じるからだ宣言

    花崎攝 (シアター・プラクティショナー)

  • 崟利子のカメラは川村浪子と同じ速度で呼吸し、離れずにすすむ。その息づかいに、84年を刻んだ裸体が沖縄の土地を歩くとき、死者たちの時間はその足裏から滲み出し、カメラを通り抜け、やがてスクリーンの前に座る私たちの身体に語りかけてくる。

    田坂博子 (東京都写真美術館学芸員/
     恵比寿映像祭キュレーター)

劇場情報

地域 劇場名 公開日 備考
東京都 ポレポレ東中野 2026/6/13(土)~

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